昨年8月
左股関節を人工股関節に置き換えました。
10月に退院。
病院に長期入院で感じたことなど振り返ります。
まず、上げ膳据え膳、
看護師さんも看護助手さんもスタッフさんも
みなさん優しくしてくださいました。
お仕事ではケアする側、
子ども達の世話や尻尾ある家族、
水陸両用の家族の世話に明け暮れる何十年。
ケアされた思春期までの3倍以上の長さ、
ケアする側でした。
はじめは看護師さんが靴下を履かせてくれたり、
包帯を巻いてくださることが申し訳なくて居心地悪かったです。
「膝付いてくださるなんて」
何度か呟いたのが蘇ります。
股関節を人工にするということは、
まだ残っている健常なところまでぶっ壊して
新たな物を作ること。
わざと大怪我させているようなものです。
天然が痛くなったとはいえ、
されど天然物、
母から生まれ落ちてもらった完璧ボディを
壊すことは哀しかったです。
もし手術など出来ない時代に生まれたなら、
だんだん歩けなくなり、
座っては痛いと嘆き枯れて行ったのでしょう。
動物は生殖能力がなくなれば、
寿命を緩やかに迎えます。
だから人生50年だったのでしょうが、
今や何?100歳とか😂
自分の守りは大変です。
それを片目に観て
ひとや動物の世話をしてきたというのは、
他者に尽くしたと言えば聞こえはよいですが、
生き抜くことを許される自分の中の訳だった、
訳なのかもしれません。
そのまんまでの中に母性という本性はあるのですが、
その外にある罪悪感などもこびりつき…。
何れにせよ、
そのまんまでいいとわかりながら、
まだまだよき子供(先祖の、親の、
社会の)でいようとする呪いを溶かす旅の途中です。
ひとまず。

Photo by 海野 隆